インダストリー5.0:持続可能な未来に向けた人とテクノロジーの融合
インダストリー5.0という言葉は、その誕生以来、大きな注目を集めてきました。2021年に欧州連合(EU)が正式に提唱した概念で、(1) 製造現場のテクノロジーと人間を融合させる新たな取り組みに与えられた名称です。その目的は、環境への影響を低減しながら、企業と労働者の双方に利益をもたらす持続可能なプロセスを作り出すことにあります。
イノベーションを基盤に
製造業では半世紀以上にわたってロボットが使用され、その多くの利点を活用して大量生産が進歩してきました。ロボットは疲れることなく高い精度で作業を遂行できるため、反復的作業や危険を伴う作業から人間の労働者を解放します。
したがって、ロボットは生産ラインを大幅に効率化することはできるのですが、その反面、柔軟性に欠けています。初期の産業用ロボットは、新しい状況に適応する能力が非常に限られていました。最新世代の産業用ロボットは、能力が大幅に向上しましたが、それでも新しい状況に対応するには、再プログラミングが必要になります。
この数十年の間、製造業界ではロボットを工場の制御システムに統合する動きが進み、この取り組みは第4次産業革命になぞらえて、インダストリー4.0と呼ばれています。インダストリー4.0では、工場現場に設置された最も小さなセンサからオフィスのネットワークに至るまで、生産ラインの要素がすべて連携しています。情報はネットワーク全体で共有され、管理者は業務のリアルタイムシミュレーションを行うことができます。これにより、従来よりもはるかに迅速に新しい状況に対応できるスマート工場が実現します。その結果、急速に変化する消費者の需要に対応できる、柔軟性のある生産プロセスが可能になります。
しかし、テクノロジーの統合により、スマート工場の柔軟性が向上したにもかかわらず、ロボットの能力は依然として、プログラミングされた範囲に限られています。設定された枠組みの中では効率的に動作できても、想定外の状況や異常事態には対処できないため、生産ラインが停止してしまうことがあります。
これは多くの自動化プロセスに共通する問題です。多くの場合、生産ラインが停止するのは、故障や不具合が原因ではなく、むしろ自動化された機械がどのように行動してよいかわからない状況に直面することによります。最近、マウザーが行ったインタビューで、革新的企業であるプラス・ワン・ロボティクス社の創設者、エリック・ニーブス氏は、この状況を簡潔に次のように言い表しました。「ロボットが停止するのは、故障ではなく、混乱しているからです。」 (2)
このような例外的な状況が生じると、ほんのわずかな違いが生産を停止させてしまうことになります。人工知能(AI)と機械学習(ML)の能力が大幅に向上しても、制御システムは、このような例外に初めて遭遇した際、対応するのが非常に困難です。
第5次産業革命
このような状況から、製造業界における次の大きな転換点となる「インダストリー5.0」が生まれました。ただし、これまでの産業革命の技術革新とは対照的に、インダストリー5.0では、人間の労働者を生産プロセスの中心に据えています。
人間を重視するという点が、インダストリー5.0の最も興味深い特徴のひとつですが、それは単に効率や柔軟性を向上させるという次元を超えたものです。EUのような組織が、産業イノベーションを強調することはあまりないことですが、生産プロセスの枠を超えてテクノロジーが果たす役割を重要視しているのです。このテクノロジーがもたらすものとは、EUがインダストリー5.0の柱として掲げる、「回復力」、「人間中心」、「持続可能性」です。
回復力
最初の柱は回復力(レジリエンス)です。高度に自動化されたオペレーションには、柔軟性がないという課題があるため、ロボットや機械の限られた知能は、脆弱なプロセスを生み出してしまいます。回復力を構築するとは、不測の事態や例外的な状況に対応する能力を生み出すことです。最新のAIシステムの能力は高いですが、個別の事象への対応方法をデータに基づいて学習しなければなりません。これに対して人間の頭脳は、異常な状況に直面した際には驚くべきスピードで、微妙な違いを把握し、直感的に解決策を見出すことができます。
人間と自動化された機器を組み合わせることで、製造プロセスは両者の利点を活かしながら、それぞれの弱点を解消することができます。監視付き自律制御と呼ばれる概念では、機械は人間よりも迅速かつ正確に定型業務を処理することができます。しかし、想定外の事態が発生した場合には、人間は直感と柔軟な思考力により、実際に問題となる前に稼働停止の可能性を予測し、回避することができます。これにより、安定稼働できるよう、環境に適応し、反応し、学習できる能力、つまり、「回復力」が構築されます。
持続可能性
2つ目の柱は、長期にわたって持続可能なプロセスを生み出す戦略を促進するものです。製造は資源やエネルギーが限られた環境の中で行われなければならず、資源消費への依存を減らす上で重要な責任を担っています。これには、製造に必要な資源の有効利用や、資源を再利用するための革新的な方法の開発が必要になります。
人間の脳の持つ水平思考の能力により、人間は資源の使用状況を観察しながら、想像力を働かせて改善できる点を見出すことができます。人間の労働者は柔軟性の高い職場を生み出し、機械では考えつかない方法でプロセスを絶えず進歩させることができます。
また、持続可能性は、効率性や資源の有効利用といった目先のニーズを越えたものにも目を向けています。人間の労働者の幸福が生産性に大きな影響を及ぼすことを強調しています。人間を中心に据え、その経験を活用できるようにすることで、職場はより充実し、やりがいのある場所となります。テクノロジーは人間の作業負荷を軽減し、長期的な幸福とより持続可能な産業を促進する環境を実現するのです。
人間中心
最後の柱は、人間の労働者に焦点を当てています。人間中心という考え方では、人間が単なる制御システムの構成要素以上の存在であることを明確にしています。むしろ、労働者の幸福をインダストリー5.0の重要な要素として位置づけているのです。最も基本的な次元では、テクノロジーを活用することにより、人間の作業負担を軽減します。これは、反復作業を監督する必要性が減り、労働者の疲労軽減につながります。
より高い次元では、人間中心性により、人間の労働者が才能、スキル、経験を最大限に活用する機会が生まれます。機械学習により機械は新しい状況にもすぐに適応できるようになりましたが、それでも学習するためのデータが必要になります。人間の脳は、水平思考や想像力により、たとえ過去に遭遇したことのない状況であっても、解決策を見出すことができます。人間は、これらの能力と過去の経験を組み合わせることで、たとえ状況が大きく異なっていても、可能性への新たな道筋を見出すことができるのです。しかし、このような経験を機械にプログラミングすることはまだ不可能です。
究極的には、インダストリー5.0は、労働者の潜在能力を最大限に引き出すことと、プロセスを効率化することの両方を目的としています。自動化技術とAIは、人間を置き換えるのではなく、人間の効率性を高めるためのツールです。これにより、企業は、労働力を最大限に活用し、従業員のスキルを向上させ、よりやりがいのある仕事を通じて彼らの生活を豊かにすることができます。
人間と機械が並んで働く
インダストリー5.0では、人間がテクノロジーと協働する未来像が描かれていますが、その最も顕著な例がロボットの活用です。これまで、ロボットは安全上の理由から人間の労働者から離れた場所に置かれてきました。例えば、自動車業界では、作業内容で人間とロボットは分けて配置されています。溶接や塗装などの作業は、通常、自律型ロボットに割り当てられ、隔離された区域で行われます。それに対して、配線や最終組立など、人間のスキルを要する作業に自律型ロボットを使用することはほとんどありません。
エッジコンピューティングとエッジAIの進歩により、制御対象の機械の近くで高度な制御ができるようになり、よりダイナミックな環境が生まれています。伝送距離が短くなることで、レイテンシ(命令の送信、受信、処理に必要な時間による遅延)が低減します。レイテンシが低減すれば、ロボットはより素早く反応できるようになり、人間と安全に肩を並べて作業できるようになります。これにより、工場現場に新たな世代の協働ロボット(コボット)が登場するようになりました。
その他にも、より目立たない形で製造現場に人間を組み込む方法があります。その1つは、機械を自律的に動作するようにプログラムし、人間は異常事態時に対応できるようにすることです。高速通信の進歩により、遠隔監視が可能になりました。人間は危険の可能性のある工場現場に立ち入らなくても、機械の稼働に必要な監視を行うことができます。
もう1つは、機械の知能を一切使用しません。その代わり、テクノロジーを使用して労働者の能力を強化し、作業効率を高めます。あるケースでは、規格外のパッケージを処理できるロボットシステムの開発を試みたことがありました。しかし、多額の投資にもかかわらず、結局は、人間の作業員の適応能力に勝るものはないことが明らかになりました。
まとめ
インダストリー5.0は、これまでのイノベーションを基盤としています。インダストリー4.0の自律性を活用しながら、人間の経験でしか得られない柔軟性によってそれを強化します。AIをはじめとするイノベーションは、人間を置き換えるものではなく、むしろその能力を向上させる単なるツールにすぎません。そのため、人間の労働者はこの先もずっと製造現場で重要な役割を果たしていくことになるでしょう。
(1)
https://data.europa.eu/doi/10.2777/308407(2) Erik Nieves, personal communication.