「回復力」「持続可能」「人間中心」:インダストリー5.0のテクノロジー
インダストリー5.0とは、生産プロセスにおいて人間とテクノロジーの協働が重要な役割を果たす、新しい産業革命です。人間の作業員の柔軟性と先進テクノロジーを融合させることで、労働者にも、企業にも、環境にも有益な持続可能な製造業が実現します。
インダストリー5.0に関する議論では、「回復力」、「持続可能性」、「人間中心」の3つの主要な柱が挙げられ、それぞれのメリットが指摘されています。
最初の柱である回復力(レジリエンス)は、人間の労働者が工場に柔軟性をもたらすことを意味します。製造業では自動化により、迅速かつ正確な作業が可能になり、生産ラインの生産量と品質が大幅に向上しました。しかし、自動化されたシステムでは、異常事態や急な作業変更に対応するには限界があります。これに対し、人間の脳は新しい状況に素早く適応することができます。そのため、柔軟性が生まれ、生産ラインに回復力をもたらします。
インダストリー5.0の2つ目の柱は、持続可能性です。企業は、無駄を省き、エネルギーを有効利用することで、持続可能性に取り組むことが奨励されています。一方で、インダストリー5.0はまた、製造が社会に及ぼす影響を考慮し、刻々と変化する世界の要求に迅速に対応できる回復力のある工場の実現を目指して、持続可能性に取り組んでいます。
3つ目の柱は、人間中心です。人工知能(AI)や自律型ロボットが人間の労働者を置き換えることがないようにします。むしろ、AIや自動化技術、ロボットシステムは、労働者の能力を向上させるツールであり、反復的な作業や危険な作業から人間を解放するものです。
インダストリー5.0は、現代の製造現場で40%以上の品質問題の原因となっている、労働者の疲労を軽減することも目指しています。[1] 労働者は、各自のスキルや経験を活かすことで、最大の成果を上げることができます。
インダストリー5.0により、企業は持続可能性に対する戦略的な視点を取り入れ、市場がどのように進化しようとも、適応し競争力を維持できるようになります。また、人材の育成と福利厚生に投資する企業は高く評価されます。
つまり、インダストリー5.0はテクノロジーと人間を融合します。これがどのように実現し、どのようなメリットをもたらすのかを理解するために、この記事では、人間の労働者が生産ラインでどのような役割を担うのか、その例を見ていきます。
ケーススタディ1:作業主任
業務が厳密に定義されていることが多い製造業とは異なり、物流業界では変化に対して迅速かつ効率的に対応しなければなりません。一例として、倉庫のオートメーションやロジスティクスでは、入荷した荷物のピッキングや仕分けにロボットが使用されています。
この作業を行うために、ロボットはセンシングと動作を組み合わせています。カメラがベルトコンベア上の荷物をすべてスキャンし、その画像を判別します。この環境では、サイクルタイムが非常に重要になります。ロボットは1分間に25~30個もの荷物を処理する場合もあるため、画像処理はコンマ数秒で実施されなければなりません。AIを搭載したエッジコンピューティングシステムにより、ロボットは個々の荷物を識別し、適切な動作を実行することができます。
監視付き自律制御と呼ばれる概念では、このようなシステムはほぼ常時、自律的に稼働し、ほとんどの作業を完了します。ただし、センサが画像認識できない状況に遭遇する場合があります。例えば、新しい梱包形態であったり、輸送中に箱が破損することもあります。その場合、人間が介入しなければ、そのプロセスは停止してしまいます。
このような状況において、インダストリー5.0の人間中心性は、真価を発揮します。システムが荷物を認識できないというアラートが作業主任に送信されます。 作業主任は遠隔地で勤務しており、数か所の異なる場所にある多数の機械を担当しているかもしれませんが、それでも10秒以内にこの「例外」事象を把握できるはずです。 そして数回のキー操作でロボットに適切な行動を指示すると、プロセスはごくわずか遅延しただけで再開します。
その特殊な梱包形態は、AIのデータベースに記録され、次回センサがそれを検知したときには、自動処理が実行され、人間の介入は不要になります。理想的には、この例外の数は時間とともに減少していくはずですが、出荷業者が常に新しい梱包形態を導入するため、例外がゼロになることはありません。
例えば、以前は段ボール箱で出荷されていた荷物が、カートンラップで出荷されるようになったとします。次は、メーカーが気泡シートに変更するかもしれません。仕分けロボットは、このように新しい梱包形態が導入されるたびに、それを再学習しなければなりません。さらに、クリスマスや感謝祭のシーズン用の包装など、人間にとっては単純な変更でも、色が変わるだけでロボットが混乱してしまうこともあります。いずれの場合も、人間であれば数秒で例外を見つけ、それに対応することができます。
この機能を可能にするテクノロジーは、現在では一般的な組み込みビジョンシステムとして、最新の工場ではよく導入されています。この組み込みビジョンカメラにより、生産ラインで直接自動検査を行うことができます。システムは専用カメラですべての品目をスキャンし、品目の寸法を標準品目とリアルタイムで比較します。システムは欠陥品を即座に識別し、廃棄するか再検査に回します。
組み込みビジョンシステムとエッジAIを組み合わせることで、システムはこうした判断を迅速に行うことができますが、これはスマート工場のような動きの速いダイナミックな環境には不可欠です。センサは有線または無線による高速通信でネットワークに接続されています。コネクタとアンテナは通信の遅延を最小限に抑える上で重要な役割を果たしますが、ネットワークの要となるのはあくまでも人間です。
ケーススタディ2:人間を強化
人間の監視下にあっても、スマートファクトリーシステムが自律的に機能できない状況が生じる場合があります。ダイナミックな環境において、ロボットは人間の作業員のように柔軟性をもって対応することができません。ビジョンシステムは照明の変化に混乱し、ロボットハンドは規格外の物体を掴むことができないかもしれません。
これらの問題を軽減するには、自動化によって人間の能力を再現しようとするよりも、今ある人間の労働力を強化する方が効果的であると、企業なら考えるでしょう。その1つの選択肢として、ロボット外骨格のような機械装置で作業員の能力を強化するという方法があります。この外骨格スーツは身体に装着すると、装着者の動きに合わせて動作します。外骨格の構造が身体を安定させ、装着者の動きからエネルギーを蓄えます。人間の動きに合わせて作動するスプリングとストラップのネットワークが作業負荷と疲労を軽減し、より安全で効率的な職場環境を実現します。
外骨格スーツを装着することで、人間の能力が生産プロセスの一部となり、作業員の経験や状況認識能力を活用して、予期せぬ状況にも本能的に反応できるようになります。ロボットが同じような状況に直面すれば、生産は停止してしまうかもしれません。
外骨格スーツ自体はシンプルな機器ですが、さまざまなデバイスを追加装備することができます。動作を監視するセンサや拡張現実ディスプレイのようなインターフェイスを装備することで、装着者は自分の疲労度を確認したり、次に予定された作業に関する指示を受けることができます。
このような統合を可能にするデバイスは、他のウェアラブルに使用されているものとほぼ同じです。小型の装着可能な歪みセンサや圧力センサ、加速度センサは、ユーザーに固有感覚のフィードバックを伝えます。ビジョンシステムやディスプレイは、装着者のバイザーやゴーグルに情報を送信し、先進的なヒューマン・マシン・インターフェイス(HMI)デバイスによって、他のデバイスとインタラクトすることも可能になります。
まとめ
インダストリー5.0を支えるテクノロジーは、既存の応用例と多くの共通点がありますが、人間を自動化環境に融合させることができます。さまざまな戦略を組み合わせることで、インダストリー5.0では人間が監督的な役割で自動化機械と肩を並べて作業したり、ロボットの能力が限界に達した場合にはロボットに代わって作業することが可能になります。
このような戦略により、人間の認知能力を活用して不規則な状況を理解し、それをテクノロジーで強化することで、未来の工場は単なる機械の集まり以上のものに進化することでしょう。