Wi-Fi 7について知っておくべきこと
Brian Santo(マウザー・エレクトロニクスへの寄稿)
高性能Wi-Fi®を求める声がかつてないほど高まっています。ゲーム、ストリーミングサービス、リモートワークの普及により、より高速で堅牢な家庭用無線接続に対する需要は増え続けています。商用環境では、運営の効率化と省エネを目指して自動化、スマートファクトリーの進化、予知保全技術の導入拡大が進んでいます。これらはすべて大量のデータ通信と分析を必要とします。
こうしたなか、Wi-Fiネットワークが急速に進化するのは当然のことです。その証拠に、Wi-Fi 6とWi-Fi 6Eの導入、Wi-Fi 7の開発はそれぞれ2年以内の間隔で行われています。とはいえ、このペースで変化についていくのは大変かもしれません。Wi-Fi 7(正式にはWi-Fi規格の修正案IEEE 802.11be)は、無線通信速度を規格史上最も大幅に向上させています。それはエレクトロニクス技術者とエンドユーザーにとって何を意味し、どのような恩恵が期待できるのでしょう。
そしてWi-Fi 7によって何がどの程度向上するのでしょうか。まずWi-Fi 6/6Eの特性を確認し、次にWi-Fi 7がもたらす技術的イノベーションとそのイノベーションが実現する性能について比較してみましょう。
Wi-Fi 6/6E - 無線の高速化
Wi-Fi 6と6EはどちらもIEEE 802.11ax規格に基づいており、Wi-Fi 5から大幅な機能アップが図られています。急増する高速無線接続の需要に早急に対応する必要があったためです。
Wi-Fiが「あると便利なもの」から「ないと不便なもの」となり、Wi-Fi技術者は限られた周波数割り当てのなかで、高まる需要に対応するのに苦労していました。これに対してWi-Fi 6では追加周波数が割り当てられ、2つの異なる周波数帯(2.4GHzと5GHz)で運用されました。Wi-Fi 5でも理論上の最大データレートは一応ギガビット毎秒(Gbps)表記でしたが、実際には100メガビット毎秒(Mbps)を超えることはめったにありませんでした。それがWi-Fi 6では最大9.6Gbpsになりました。大幅な性能アップですが、より高速で信頼性の高い無線接続技術を求める声から、12カ月も経たぬうちにWi-Fi 6Eが登場しました。
Wi-Fi 6Eでは、今度は6GHz帯の周波数をさらに追加することでネットワーク干渉や輻輳の問題を回避し、運用効率の向上を図りました。2021年には、これら3つの帯域(2.4GHz、5GHz、6GHz)をすべてサポートするハードウェアが登場し、Wi-Fi技術者は非常に幅広い実装オプションを手にしました。
こうしたハードウェアには、たとえば7.25GHzまで対応可能なTDKの幅広いWi-Fi 6E用RFコンポーネントがあります。これらのダイプレクサ、バラン、フィルタは、モバイル、民生用IoT、医療、産業用などの無線通信アプリケーションに適しており、挿入損失が少なく、サイズも1mm×0.5mm、最小厚さ0.33mmから豊富に揃っています。
TDK DPXダイプレクサは、携帯電話、無線LAN、Bluetooth®通信などのアプリケーションでデュアルバンドシステムのバンド切り替えを行うのに適しています。小型軽量、薄型で、挿入損失が少なく、調整なしで使用できます。DPXシリーズは表面実装タイプで、インピーダンスは50Ωです。周波数範囲650MHzから5.95GHz、7.125GHzまでカバーするモデルが用意されています。
TDK RFバランは、インピーダンス50Ω~200Ωまでの豊富なSMD/SMTモデルを提供しています。これらの積層チップトランスバランは低温同時焼成セラミック(LTCC)で製造され、平衡信号から不平衡信号およびその逆方向の変換を行います。最先端の小型化技術を採用し、2.4GHzおよび5GHz WLANの電気特性が非常に優れています。
TDK DEA RFフィルタは、LTCC素材を採用し共振周波数を発生させます。これにより特定の周波数帯を通過させ、その一方で、他の不要な周波数帯を遮断または減衰させることができます。デバイスには、ハイパスフィルタとローパスフィルタ、および5MHz~8GHzのバンドパスフィルタなどがあります。ライセンス周波数帯か、アンライセンス周波数帯かを問わず、WLAN、Bluetooth、セルラー、GPS、Zigbee®、WiMAXなどの無線通信機能を使用する製品で採用されています。
TDKは標準の汎用フィルタだけでなく、チップセットパートナーと協力して、バッテリー式デバイス向けの低挿入損失(省エネ)フィルタ、電源接続デバイス向けの高減衰/高性能製品など、特定のチップセットにカスタムマッチしたフィルタを設計しています。
TDKをはじめ、各メーカーは、現在、次世代の無線通信技術、Wi-Fi 7に対応する態勢を整えています。
ゲームチェンジャーになり得るWi-Fi 7
Wi-Fi 7は、遅延を抑えながら、Wi-Fi 6を上回るデータ通信速度を提供するように設計されています。さらにクライアントのネットワーク全体の容量も拡大します。これは間もなく実用化される8Kビデオストリーミングに対応するためで、産業用、ゲーム用の低遅延没入型拡張現実(XR)アプリケーションが普及したときにすぐに対応できるでしょう。
Wi-Fi 7にはWi-Fi 5/6/6Eとの下位互換性があるので、新しいWi-Fi 7ルータを購入しても、既存のワイヤレス機器がまったく使えなくなるわけではありません。ただし、新規格の性能上の利点を余すところなく得るには、古いルータをWi-Fi 7ベースのクライアントでルータに接続する必要があります。
Wi-Fi 6EからWi-Fi 7への最も重要な改善は、最大理論速度、チャンネル幅の拡大、そして高次直交振幅変調(QAM)の3つです(表1)。
Wi-Fi 6 |
Wi-Fi 6E |
Wi-Fi 7 |
|
IEEE規格 |
802.11ax |
802.11ax |
802.11be |
無線周波数帯 |
2.4GHz、5GHz |
2.4GHz、5GHz、6GHz |
2.4GHz、5GHz、6GHz |
最大チャネル帯域幅 |
160MHz |
160MHz |
320MHz |
最大空間ストリーム数 |
8 |
8 |
16 |
ストリーム当たりの最大帯域幅 |
1200Mbps |
1200Mbps |
2400Mbps |
最大理論データレート |
9.6Gbps |
9.6Gbps |
46Gbps |
高度変調 |
1024 QAM |
1024 QAM |
4096 (4K) QAM |
表1:Wi-Fi 7、Wi-Fi 6、Wi-Fi 6Eの比較。(出典:https://www.tomshardware.com/news/wi-fi-7-explained、マウザー・エレクトロニクスにて編集)
Wi-Fi 6Eの最大速度は9.6Gbpsで十分高速ですが、Wi-Fi 7では1つのクライアントで最大速度46Gbpsが見込まれています。これはWi-Fiの世界ではワープドライブのような速さです。
Wi-Fi 6Eの1チャンネル当たりの最大帯域幅は160MHzでしたが、6GHz帯の新しい周波数帯ではチャンネル帯域幅が320MHzに拡大し、より大量のデータ転送が可能になります。Wi-Fi 6Eの1024 QAMチャンネルからWi-Fi 7では4096 QAMへの拡張が予測されており、320MHzチャンネルとの組み合わせで46Gbpsが達成される見込みです。
ここまで足早に解説したところで、今度はWi-Fi 7固有の技術的進歩について詳しく見ていきましょう。
マルチリンクオペレーション(MLO)
Wi-Fi 7の最もすばらしい機能のひとつに、Wi-Fi 6/6Eにはなかったマルチリンクオペレーション(MLO)があります。MLOでは、無線周波数の条件が許せば、アクセスポイントとクライアント間で複数の周波数帯を使って通信することができます。
既存の5GHz帯と新しい6GHz帯は、これまでの2.4GHz帯と5GHz帯よりも比較的近く、実用上は速度が変わりません。MLOは基本的にこの事実を利用します。
MLOでは、デバイスが5GHzチャンネルと6GHzチャンネルに同時に接続し、両チャンネルを使って実質的にラグなしでデータを送受信できるようになります。歴代の802.11規格のなかでも画期的な進化です。これによって遅延が短縮され、データレートと負荷バランスが向上するほか、リンク間でパケットが重複するため、ネットワークの信頼性も向上します。
直交振幅変調(QAM)
QAMは、互いに位相が90°ずれた2つの搬送波(そのため「直交」という)を送信することで、1度に送信できるビット数を最大化する変調技術です。
Wi-Fi 6Eのデータ変調方式は1024 QAMですが、Wi-Fi 7では4096チャンネル(または4K)QAMに向上します。スループットはこれに連動して20%向上します。その結果、Wi-Fi 6/6Eよりも効率、容量、データ伝送レートが向上し、遅延が短縮されます。
ただし、Wi-Fi 7が利用可能になっても、地域間で差が生じるでしょう。Wi-Fi専用に利用できる周波数帯は現地の規制当局が割り当てるため、国によって状況は異なります。たとえば、アメリカではマルチリンクオペレーションに5GHzと6GHzのチャンネルを使用できるようになりますが、中国ではWi-Fiデバイスに5GHz帯の2種類のチャンネルを使用することになります。
自動周波数調整機能(AFC)
Wi-Fiに6GHz帯を開放することが決まり、いくつかの問題が浮上しました。その解決を目指すのが自動周波数調整機能(AFC)です。
6GHzの根本的な問題は、すでに利用者がいる周波数帯であることです。NASAやアメリカ国防総省といったアメリカ連邦政府機関、世界の気象レーダーシステム、電波天文学者は重要な通信に6GHz帯を使用しています。Wi-Fi信号が飛び交うことは歓迎されません。幸い、既存用途の6GHzマイクロ波の利用はほとんど事前に予測することが可能で、局所的で移動しません。AFCで既存のユースケースとの調整や回避を行えば、Wi-Fiをこの帯域に導入させることができます。
AFCによってWi-Fi 7ネットワークは、6GHz帯の気象レーダー、電波望遠鏡、他の既存ユーザーの付近でも、こうしたユーザーに干渉しそうな帯域を避けてを運用できるようになります。さらにAFCは既存ユーザーが付近にいないことを検出すると、Wi-Fi 7ネットワークに周波数帯域を開放し、高出力送信を可能にします。AFCは実際にはWi-Fi 6Eの導入時に登場しましたが、Wi-Fi 7ではより包括的なAFC認定デバイスが数多く登場するでしょう。
付近に6GHz帯を使用している既存ユーザーがいない場合、Wi-Fi 7ネットワークはその周波数帯で通信できるようになりますが、その際に使用する出力は、既存ユーザーが検出されたときに採用される均一低レベル伝送出力の63倍と推定されています。信号は出力が高いほど、より強力で信頼性が高く、スループットが向上し、より遠くへ届きます。
マルチリソースユニット(MRU)
Wi-Fi 7の新機能、マルチリソースユニット(MRU)はAFCと緊密に連携し、Wi-Fi 6で初めて導入された直交周波数分割多元接続(OFDMA)を向上させます。OFDMAは周波数内に複数の変調サブキャリアを独立的に確立し、複数のクライアントの同時通信を可能にします。その結果、スループットが増加し、遅延が短縮されます。
Wi-Fi 7のMRU機能は、干渉軽減とOFDMA効率をさらに向上させ、マルチユーザー遅延をさらに短縮します。スペクトルの重なる部分を選択的にパンクチャリングし、空いている周波数帯だけでデータを伝送させるため、過密なWi-Fi環境でもデータレートと信頼性が向上します。
マルチユーザーMIMO(MU-MIMO)
マルチユーザーMIMO(MU-MIMO)によって、Wi-Fiルータは複数のデバイスと同時に通信できるようになります。Wi-Fi 6/6Eでは双方向MU-MIMOが実用化され、空間ストリーム数がWi-Fi 5の4×4 MU-MIMOから8に倍増しました。これによって、実用面では最大8台が速度スループットを落とすことなく、インターネットに同時接続できるようになりました。Wi-Fi 6/6Eは双方向8×8 MU-MIMOを採用しています。Wi-Fi 7では空間ストリーム数を16に増やし、最大16台のデバイスが高速データ通信できるようになる見込みです。
まとめ
Wi-Fi 7は、高速化、帯域幅の拡大、信頼性の向上、超低遅延による高性能の実現を約束しています。TDK、Broadcom、QualcommがWi-Fi 7対応製品を提供し、数々の企業がWi-Fi 7コンポーネント提供への取り組みを表明していますが、Wi-Fi 7対応機器が十分に充実し、ネットワークインフラが最適化されるには、もう少し時間がかかりそうです。少なくとも最初にWi-Fi 7の恩恵を受けるのは、複雑で要求の厳しいネットワーク要件を持つ大企業になり、それ以外はWi-Fi 6Eを利用することになるでしょう。