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ウェアラブル技術の新時代

Jon Gabay(マウザー・エレクトロニクス)

ウェアラブルと言えば、腕時計型のガジェットを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、ウェアラブルの基準を満たすハイテクツールは他にも数多くあります。

歴史を振り返ると、個人の安全を保護し、感覚機能を強化し、制限を補うためにさまざまなテクノロジーが採用されてきましたが、最新のウェアラブルは、人間の生活改善、健康、健康づくりの可能性を広げています。現在、健康管理とデータアクセシビリティに焦点を当てたウェアラブル技術が普及しています。しかし、ウェアラブル技術の次の段階では、基本的な医療モニタリングを超えて、ヒューマンオーグメンテーション(人間拡張)へと移行してゆくことになるでしょう。

では、ウェアラブル技術について、その黎明期から詳しく見ていきましょう。

最古のウェアラブル


現在のウェアラブルには、腕時計型、指輪型、ペンダント型、リストバンド型、インプラントがあり、ファッション性と快適さを追求するものが多くなっていますが、昔は、人間が着用するハイテク装備に快適性や利便性は重視されていませんでした。数千年前、兵士にとって兜は、被っていれば頭を強打されても生き残れる、被らなければ命を落とす、ハイテク発明品でした。かつてはメガネも学習力を高め、社会に役立つウェアラブルでした。

甲冑やメガネのような受動的なウェアラブルの一方で、機械的なウェアラブルも社会を前進させました。1500年代初期、機械的ウェアラブル、懐中時計が誕生し、産業と一般人は正確な時間を計る手段を手に入れました。今も昔も、スケジュール管理と製造には正確な時間計測が欠かせません。懐中時計という新しい技術によって、金属の精錬からパン焼きまで、あらゆる工程を精緻化し、精度を高めることができました。腕時計の登場も同じ役割を果たし、懐中時計よりも広く普及しました。こうした進歩の上に築かれた現代テクノロジーは、ウェアラブル技術を次のレベルに進化させます。

では、どこまで進化したか見てみましょう。

今日のウェアラブル


動かない甲冑や機械と違い、現在のウェアラブルは電子で動きます。低コストのマイクロプロセッサ、ディスプレイ、センサが普及したことで、より多くの人々が比較的低コストでこうしたデバイスのメリットを容易に利用できるようになりました。

現代のウェアラブルデバイスは、健康管理やフィットネスを目的とするものが多いですが、中には情報技術や通信にシームレスにアクセスできるものもあります。どちらも積極的に販売されています。かつて機械式だった腕時計の文字盤は、最新のディスプレイとタッチスクリーンで、さらに美しく魅力的になっています。

大手電子機器メーカーによって有名になったスマートウォッチは、時間、日付、カレンダーアラート、メッセージアラート、音声、動画を表示できるディスプレイを備え、見やすくカスタマイズも可能です。技術が進歩するにつれ、ウェアラブルデバイスは機械との関わり方に大きな影響をもたらすでしょう。ただし、多くの人にとっては健康管理が今も重要な要素となっています。

健康とフィットネスのモニタリング


加速度センサの技術の進歩は、主に健康とフィットネスのモニタリングデバイスの利用を押し進めています。歩数計で歩数を追跡できるのは、加速度センサがあるからです。加速度センサは、腕時計型、バンド型、ペンダント型、指輪型など、ありとあらゆる形状のウェアラブルにも搭載されています。

これまで指輪型のデバイスは、腕時計型やバンド型ほど多くの機能を提供していませんでしたが、ワイヤレス通信によって、灌流指数(血液の循環を示す指数)、心拍変動、睡眠時間と睡眠レベル、血中酸素濃度、さらにストレスまで指輪でモニタリングできるようになりました(図1)。加速度センサを搭載した指輪は、歩数計としても使用できます。

図1:ウェアラブルの大半は腕時計型とリストバンド型ですが、指輪型も、特にディスプレイ技術によって情報にアクセスしやすくなり、人気が高まっています。(画像提供:P.S/stock.adobe.com)

歩数は良い運動の目安になりますが、歩数計では運動強度と燃焼カロリーを正確に伝えられません。歩数計は、歩数を数えられても、それが歩行かジョギングかを区別できませんし、平地、階段、山道、斜面の区別もつきません。こうした精度の問題は、GPS技術と組み合わせれば克服できる可能性がありますが、現在のGPS技術は確実に高度を検出できるほど正確ではありません。

スマートウォッチとフィットネストラッカーは最も広く使われているウェアラブルです。フィットネストラッカーはディスプレイのないものが多いですが、歩数を数え、カロリーを追跡し、睡眠パターンを記録し、さらに心拍数、血圧、皮膚抵抗(汗、ストレス、労作レベル)を測定できます。

睡眠パターンのモニタリングは、多くの人々、特に睡眠時無呼吸症候群の患者にとっては、最も重要な機能です。これによって初めて高額で使い勝手の悪い睡眠検査機器を使わずに睡眠パターンをモニタリングし、追跡できるようになりました。睡眠のモニタリングは小さな赤ちゃんにも重要です。リストバンド型のウェアラブルは、赤ちゃんの呼吸停止を検出できます。

また、加速度センサを搭載したフィットネストラッカーは、人の転倒を測定するときにも役立ちます。これは特に高齢者と高齢化問題にとって重要です。従来のワイヤレスボタンは、転倒したときに押すボタンです。このボタンで多くの命が救われましたが、意識を失うとアラートを送れません。しかし、腕時計、ペンダント、指輪、ポケット型のウェアラブルなら、転倒時にワイヤレス通信で緊急連絡先にアラートを送ることができます。この技術はアルツハイマーなどの認知症患者の追跡にも役立ち、施設のスタッフが建物内を巡回している間も患者の安全を確認することができます。

医療機器もさらに洗練され、救命と延命に役立つところまで来ています。20~100ドル程度のウェアラブルデバイスよりは高額ですが、その機能は心拍数のモニタリング、心イベントの検出・記録にとどまりません。グローバルネットワークや遠隔地の医師、あるいはクラウドベースのサービスにワイヤレスでアクセスできる機能を備え、定期的にデータをアップロードし、何かあったときにはモニタリングスタッフにリアルタイムでアラートを送ることも可能です。

もう一つ、広く使用されている医療ウェアラブルとしてパッチがあります。ほとんどの場合、パッチはあらかじめ決められた速度で投薬を行いますが、皮膚を通して生理的状態をモニタリングし、薬剤の注入を制御するアクティブエレクトロニクスを組み込んだものも多くあります。同様に、ウェアラブル電気刺激技術も長年使用されています。剥がして貼るタイプの使い捨て電極を筋肉や痛みのある部位に貼り付け、微弱な電気ショックを周期的に表面に与えることで、より深い内部の痛みのメカニズムを無効にし、痛みを緩和します。

医療ウェアラブルの次の大きなトレンドは、おそらく埋め込み型センサでしょう。組み込みテクノロジーにより、スマートパッチ、ウェアラブルウォッチ、指輪、ペンダント、リストバンドを使って、必要に応じてより正確に薬剤を投与することができます。埋め込みセンサは、命令に従って正確な量の薬剤を投与する能動的パッチと通信できます。
硬膜下に埋め込み可能なウェアラブル技術
医療インプラントは未来の技術だと思う人もいるかもしれませんが、医学的に埋め込み可能なデバイスは何十年も前からあります。1958年に初めてペースメーカーが移植されてから、技術は着実に向上し、心臓を再始動できる除細動器も登場しています。

ウェアラブルセンサと同じように、埋め込み型センサの人気も着実に高まっています。最新の埋め込み可能センサ技術は、血糖値、組織と骨の再生、高血圧、不整脈、神経刺激(人工内耳や眼内レンズなど)をモニタリングできるほか、必要に応じてインスリンや子宮内避妊薬、その他の薬の投与も可能です。

インスリンポンプやペースメーカーのような機器は外科的に挿入されますが、新しいテクノロジーによって、埋め込み型医療デバイスを注射で挿入できるようになりました。注射で挿入されたセンサは外部と無線通信できます。量子ドットという技術により、個人の医療情報を保存することも可能です。

こうした注射可能なセンサにとって、筋電制御機能を改善するモニタリング人工装具は大きな市場です。膝関節、股関節、その他の人工関節が普及するなか、神経義肢は増加すると予想されています(図2)。フィードバックセンサは、関節の角度、皮膚の接触圧、組織の負担を検出します。

図2:埋め込み型センサは、義肢の制御と感覚フィードバックの両方に役立ちます。(画像提供:Gorodenkoff/stock.adobe.com)

体内埋め込みのインプラントは、皮膚下へのRFIDタグの挿入など、医療以外の用途にも使用されています。RFIDタグは外部リーダーから供給される無線周波エネルギーだけで動作可能で、医療アラートとして使用できる情報を不揮発保存できます。自家用車と自宅を解錠するためにRFIDデバイスを埋め込んでいる人もいます。硬膜下RFID技術によって人間自身がクレジットカードとなれば、なりすまし犯罪をなくせるかもしれません。

脳インプラントで機能を回復
脳インプラントは、神経インプラントとも呼ばれ、脳と他の神経細胞を直接つなぎます(図3)。パーキンソン病の症状を緩和したり、迷走神経を刺激して消化や心拍数を制御するのに使われる治療法です。

図3:脳インプラントはすでに実施されており、神経発火をモニタリングし、神経を刺激し、感覚情報を脳に直接伝達することができます。(画像提供:ktsdesign/stock.adobe.com)

このタイプの医療インプラントは、数えきれないほど多くの人々の聴力・視力改善に役立っています。色覚異常の患者がICチップを埋め込み、色を見分けられるようになった例もあります。

こうしたインプラントを行えば、さまざまな感覚組織を拡張することも可能で、たとえば、赤外線と紫外線が見えるように視界を拡張することもできます。また、聴覚インプラントでは、可聴範囲を拡張して、一般に人が聞き取れる範囲外の音刺激が聞こえるようにすることも可能です。ウェアラブル補聴器を使用して拡張することもできます。

最新の洗練されたインプラントは、コンピューターを使って脳波を復号できることを実証しています。思考パターンを使って義肢や人工関節を制御できるため、患者の人生を変えるテクノロジーになるかもしれません。

さらに脳神経発火のパターンを学習できる埋め込み型AIプロセッサの登場により、形と色を思い浮かべることでバイオニック義肢とやりとりできるようになりました。埋め込まれたプロセッサは十分な処理能力とDSP機能を備え、切断された神経間に神経メッセージを伝達することができます。これにより、感覚神経メッセージ(熱い、冷たい、触覚など)が伝わるのです。

プロセッサコアとペリフェラルを先進的ウェアラブル技術に合わせて最適化する


スペース的な制約があるにもかかわらず、ウェアラブルには設計エンジニアの優先事項に応じて多様なプロセッサを組み込むことができます。数々のパワフルなマルチコアプロセッサが入手可能になった今、最良のプロセッサを適切なウェアラブルデバイスに調和させるには、プロセッサコアとペリフェラルの最適な組み合わせを選ぶことが極めて重要です。

そのニーズに応えるのが、組み込みアプリケーションのセキュア接続ソリューションで世界をリードする、NXP Semiconductorsのi.MX RT5000クロスオーバー・マイクロコントローラです。ウェアラブル設計専用に組み合わされたプロセッサコアとペリフェラルインターフェイスを搭載し、さまざまなアプリケーションに包括的なソリューションを提供します。

さらに2Dグラフィックス・エンジンGPUで、高速パラレルインターフェイスを用いたベクトルグラフィックスアクセラレーションを提供。MIPI Serial Display Interface (MIPI DSI®)もチップに統合し、シリアルディスプレイモジュールとのシームレスなインターフェイス接続を実現します。オンチップLCDインターフェイスにより、TFT、OLED、マイクロLED、さらに新技術の量子ドットディスプレイを活用するウェアラブルの迅速なカスタマイズが可能です。

i.MX RT5000シリーズには、リアルタイム応答性を提供する、堅牢な200MHz Arm® Cortex®-M33プロセッサコアも搭載されています。このプロセッサコアは、5MBオンチップ0ウェイトステートSRAMと連携し、データ移動のラグタイムを最小化しながら、重要なコードにすぐにアクセスできる状態を維持するのが特長です。

さらに200MHzで動作するCadence Tensilica Fusion F1 DSPコアは、各種外部センサからの信号処理データを管理できます。こうしたセンサによって、糖やホルモンの濃度など、さまざまな化学物質の量を検出すること、感覚伝達や疼痛緩和の神経活動をモニタリングすることも可能です。

直接筋肉刺激や電気パルスなどの機能を埋め込むには、センサとアクチュエータとの通信を円滑に行うために複数のインターフェイスが必要になります。複数のインターフェイスを使うことで、機械的補装具と筋肉がやりとりできるようになり、制御・運動機能が復元されます。i.MX RT5000は、センサ、刺激装置、および無線通信モジュールと接続可能な高速USB 2.0、SPI、I²C、UART、I²Sインターフェイスを備えています。適応性があるため、ウェアラブルを無線プロトコルと共に進化させることができます。

i.MX RT5000は、複雑な動的セキュリティアルゴリズムの実装用に、複数のフラッシュインターフェイス、暗号技術、数値演算アクセラレータも搭載しています。医療データと身体インターフェイスのセキュリティ確保は、ペースメーカーなどのデバイスへの不正アクセスを防止するために最優先で取り組むべき課題ですが、非対称暗号、AES 256、SHA2-256(ECCとRSA)などの先進的セキュリティをサポートしているため、体外のスマホやネットワークを使ったセキュア通信が可能です。セキュアブートと物理的クローン不可関数(PUF)に基づく鍵ストレージも組み込まれています。先進的エネルギー管理により、消費電力を最小限に抑えることができ、ヒュージブルリンクがルート鍵ストレージを保護します。

まとめ


60年と経たぬうちに、ウェアラブルは外科的に挿入する大掛かりな技術から、硬膜下に注射で挿入できる医療モニタリング・管理技術に進化しました。これらのイノベーションは、命を救い寿命を伸ばしただけでなく、生活の質を改善しました。そして介護者と医師は低コストでより多くの患者をケアできるようになりました。

ICチップが小型化され、半導体の消費電力が低下したことで、より洗練された安全なウェアラブルを装着し、埋め込めるようになりました。この記事では取り上げませんでしたが、衣類型のウェアラブルも、洗濯・乾燥後の機能維持といった課題はあるものの、人々に恩恵をもたらす可能性があります。

NXP i.MX RT5000は次世代のウェアラブルにとって理想的なプロセッサです。成熟した開発環境はすぐに使用可能で、AES暗号化、DSPの例と使用法、電源管理、セキュアI/Oの実装を導いてくれるアプリケーションノートも複数あります。

これから能動的なウェアラブルと注射で挿入可能なデバイスがもっと登場するでしょう。スマートパッチは、特に埋め込みセンサと組み合わせると、自動投薬を簡素化してくれます。また、RFIDを使った本人確認・認証機能によって、なりすまし犯罪に歯止めがかかるかもしれません。ウェアラブルの医療面でのメリットについていろいろ話しましたが、私たちが機械の一部になれば、可能性は無限に広がるのです。