自律走行搬送ロボットのモーター制御
(画像提供:SweetBunFactory/Stock.Adobe.com)
倉庫や産業用アプリケーションでは、自律走行搬送ロボット(AMR)の導入が加速しています。AMRは、人工知能/機械学習(AI/ML)およびビジョン/センシングシステムという頭脳と、モーター制御と電気モーターシステムという筋肉を備えています。ロボットが移動し、対象物を巧みに操作(マニピュレーション)しながら作業を実行するには、電気モーター、ドライバ、制御回路が欠かせません。モーター制御システムとモータードライバ回路をどれだけ適切に実装できるかによって、AMRの移動と物理的マニピュレーション能力の速度、信頼性、効率、精度が決まります。
この記事では、AMRのモーター制御の重要性を伝え、さらにモーター制御システムの設計に関連して検討すべき課題について解説します。
AMRのモーション/モーター制御
正式名称に多少変更はありましたが、自律走行搬送ロボット(AMR)はマニピュレーターがあるものも、ないものも、大半が産業用移動ロボット(IMR)です。ただし、名称は変わっても、AMRの基本構造は変わっておらず、相対的安全性の基準のみが適用されています。フォークやタインを使ったパレットの移動に使用される、ローリフトまたはハイリーチフォークリフトの場合を除き、現在、米国でAMRに適用されている安全規格はANSI/RIA 15.08/15.0Xです。
これらの新しい規格でAMRは、作業員の近くで一緒に働く協働ロボットと見なされています。この新しいパラダイムでは、AMRの安全性と性能をより重点的に考慮します。これは、産業用ロボットシステムの設計と開発でぼんやりと見えてきた課題に対応するために強化された視点です。中でも重要な部分を占めるのがモーター制御です。動作安全性に考慮して設計した、信頼性と即応性に優れたモーター制御システムがなければ、本当に安全なAMRを実現できないでしょう。
モーター制御システムの各部は、期待される性能を満たし、且つ安全に動作しなければなりません。そのためにはモーター制御システム、ドライバ、モーターが、最高レベルの信頼性と一貫性を発揮する必要があります。また、今回は詳しく述べませんが、フィードバックループの感知装置やAI/MLアルゴリズムなども、AMRのモーター制御機能に重要な役割を果たしています。
モーション/モーター制御システム
AMRには通常、複数のモーター制御システムがあります。一般に、1つは動きを制御し、残りはAMRに搭載された各アクチュエータ/マニピュレータ・システムを制御します。モーター制御システムは、AMRの各センサから取得し、AI/ML処理されたのデータを取り込み、モータードライバ回路に信号を送ります。そして回路はその正しいデータを使って、モーションおよびアクチュエータ/マニピュレーター・モーターを望ましいやり方で駆動させます。モーター制御システムは、AMRのモーションおよびアクチュエーション/マニピュレーション機能の動作安全性に関わる多くの処理を行います。ただし、モータードライバと電気モーターは、往々にして、独自のフェイルセーフ動作ダイナミクスを必要とします。
モーション制御システムとモーター制御システムは、似て非なるものです。モーション制御システムは、軌道計画、速度計画、加速度計画、補間アルゴリズム、運動変換といった、さまざまなセンサのデータと高レベル制御信号を使用して、AMRを物理的に動かします。一方、モーター制御システムは、モーターとモーター制御センシング装置からの情報に関連してモーターの反応を制御する、根幹的なシステムです。AMRに関して言えば、モーター制御システムは、モーション制御システムやマニピュレーション/アクチュエーション制御システムになることもあります。
一般に、モーション/モーター制御システムは、ソフトウェアのMCU/DSP(マイクロコントローラ/デジタル信号プロセッサ)か、FPGA(フィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ)のいずれかに実装されます。MCU/DSPは、多くのモーター制御アプリケーションとロボット用のソリューションとして広く普及しており、動作安全機能付きのMCU/DSPなど、幅広いオプションがあります。先進的モーション/モーター制御アプリケーション用のMCU/DSPの中には、通信、信号処理、モータードライバ出力回路など、さまざまな機能をデバイスに搭載したものも多数あります。こうした機能は、開発を楽にしてくれると共に、MCU/DSPの機能的限界も露わにします。モータードライバ、信号プロセッサ、通信システム、または他のハードウェア回路を追加する場面を想像してみてください。その場合、追加の補助ハードウェアを開発してギャップを埋めるか、こうした機能を搭載した複雑で高価なMCU/DSPを代わりに使う必要があるでしょう。
モーター制御用のFPGAにはさまざまなオプションがあります。動作安全制御ハードウェアの設計が可能なものも豊富にあります。FPGAの洗練度にもよりますが、すべての通信、モーター制御、信号処理、その他のデジタルハードウェアは、プログラマブル論理セル、メモリブロック(RAM/ROM)および入力/出力ブロックやI/O変換装置の範囲内であれば、同じFPGAのプログラマブル論理で実装できます。つまり、知的財産(IP)ブロックと設計リソースがあれば、デジタル通信ハードウェア、信号処理、モーター制御などの機能は、同じリアルタイムFPGAと決定論的ハードウェアですべて実装可能になります。これには、3相永久磁石同期型モーター(PMSM)のフィールド指向制御(FOC)アルゴリズムなど、高度な制御アルゴリズムも含まれます。通常、FOCは高度な集中演算を行い、MCU/DSPに大きな負担をかけますが、 正確なトルク制御が求められる産業用サーボモーターから高レベルの性能を引き出すには有効なアルゴリズムです。
FPGAによるモーター/モーション制御の長所は、複数の制御システムをFPGAに実装し、リアルタイムで並行運用できる点にあります。MCU/DSPに実装されたソフトウェア制御システムは、一般にシーケンス処理を行います。マルチコアは迅速に処理を行うことができ、並列処理をサポートします。もっとも、こうしたデバイスでは時差制御運用するのが一般的です。MCU/DSPソフトウェア開発は、一般にFPGAプログラマブル論理の開発よりも負担が軽いと考えられています。ただし、アプリケーションによっては、コスト/電力の制約がまた別の重要課題となります(図1)。
図1:FPGAで実装されたフィールド指向制御アルゴリズムのハイレベル図(画像提供:マウザー・エレクトロニクス)
モータードライバスイッチ技術の洞察
モーション/モーター制御から送信されるモーター制御信号には、一般に速度、トルク、位置信号があり、モーター制御ボード内またはモーターへのパス上にある電流/電圧センサの信号と共に、モータードライバによって高出力(電圧/電流)用のモーター制御信号に変換されます。モータードライバ回路の仕事は、できるだけ効率的かつ即応的にこうした高出力レベルのモーター制御信号を再現することです。
PMSMや3相ブラシレス直流(BLDC)モーターなど、モーターの中には、各相に1組のスイッチが必要なものがあります。複数のモーション・モータードライバ回路を持つ、最新型のAMRには多くのスイッチング回路が必要です。こららがすべてうまく機能してはじめて、AMRは機能します。そのため、産業用ロボットのモータードライバスイッチには、電力密度と信頼性も重要な特性です。先進的なステッピングモーター、サーボモーター、BLDC/PMSMモーターを産業用アプリケーションで使用する場合、AMRモータードライバスイッチには、高速なスイッチング速度と、AMRパワーエレクトロニクスの狭いスペースに収まるコンパクト性が求められます。モータードライバスイッチの効率性は、AMRパワーエレクトロニクスに必要な熱管理(ヒートシンクなど)のサイズと複雑さに直接影響します。モータードライバスイッチを小型化し、効率を上げれば、AMRパワーエレクトロニクス全体のフットプリントも縮小できます。
現在、広く利用できる主なモータードライバ技術は主に2種類あります。それは、Si-IGBT(シリコン絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)とSi-MOSFET(シリコン金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)です。Si-IGBTは古い技術ですが、低速のスイッチングアプリケーションで今も広く使われています。一方、高速でその他の機能を備えるSi-MOSFETは、産業用ロボットなど、複雑なモーター制御が必要な新しいアプリケーションで活躍しています。
このほかに、GaN-FET(ガリウム窒化物電界効果トランジスタ)という新たな技術も登場し、すでにさまざまな製品が産業用ロボットに部分的に採用され始めています。ただし、GaN-FET技術は比較的最近の技術で、ドライブ回路もそれ相応に複雑です。そして、極めて慎重に制御されたゲートノードの刺激が必要です。こうしたわけで、最先端の産業用ロボットの設計には、Si-MOSFET技術が採用されやすい状況となっています。Si-MOSFETには古いSi-IGBTソリューションに勝る、次のような長所があるからです。
Si-IGBTは一般に堅牢で、費用対効果が高いと思われていますが、比較的低速のスイッチング速度でしか効率的に機能せず、MOSFETよりもロスが増える傾向があります。Si-IGBTのリカバリの遅さを考慮すると、周波数16kHz以上ではまず使えないでしょう。初期のシリコンMOSFET(Si-MOSFET)は、必ずしもSi-IGBTと同じ電力密度を達成していたわけではありませんが、全負荷状態でも低スイッチング損失を実現していました。旧型のSi-MOSFET技術の欠点は、デバイスの内部ボディダイオードの回復損失が少なく、それにより全体の損失が大きくなる傾向があることです。ただし、軽負荷運用中には比較的直線的な電流/電圧関係を示すため、それが有利に働く可能性があります。
最新型のSi-MOSFETでは、ドレイン・ソース間オン抵抗(RDS(on))が大幅に低下し、導電損失が最小化されています。さらに、こうした新しいMOSFETを使えば、ゲート総電荷量(Qg)とゲートキャパシタンスも向上し、ドライバ全体の損失が低下します。MOSFETスイッチのソフトリカバリ・ボディーダイオード(SRBD)は逆回復(Qrr)電荷も低減します。出力電荷(Qoss)が改善すれば、軽負荷効率も強化されるでしょう。こうした製品の例として、onsemiの最新のNチャンネル型MOSFET、NTTFS012N10MDがあります。この製品は、シールドゲート技術を組み込んだ同社独自の高度なPowerTrench®プロセスを使用して製造されています。
まとめ
自律走行搬送ロボット(AMR)システムは、製造業、倉庫、受注処理など、多くの産業用アプリケーションで台頭しつつあります。まだこうしたロボットのそばには作業員がいる必要があるため、安全性と信頼性を第一に考えなければなりません。ロボットに設計どおりに性能を発揮させ、高レベルの安全性と性能を確保するには、モーター制御とドライバというAMRサブシステムが必要不可欠なのです。