自律型ロボットとスーツケースの出会い
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「自律走行搬送ロボット(AMR)」というと、多くの人は注文発送センターや倉庫といった、さまざまな産業界の現場で活躍する、比較的大型のロボットを思い浮かべるでしょう。海外旅行中に持ち主の後に律儀について来る、人工知能/機械学習(AI/ML)機能付きのスーツケースを想像する人は、恐らくごくわずか。ましてや、そんな製品がもう市場で手に入るなんて、誰が想像するでしょう。しかし、家庭用AI/MLシステムとロボットの時代はもう始まっています。この革命をさらに前進させるには、いくつかのハードウェアとソフトウェアのハードルを乗り越えて、TSAの承認要件を満たし、狭いスペースに必要な電子部品をすべて搭載する必要があります。その上、重量をあまり増やさずに、競争力のある価格を維持しなければなりません。
本記事では、小型民生用AMRシステム、とりわけスマートラゲージのトレンドに注目し、小型民生用AMRシステムを大衆に届けるためにクリアすべきさまざまなハードウェアとソフトウェアの問題点、および設計上の課題について解説します。
21世紀の旅行者のためのAMRラゲージ
スーツケースを引きずって空港や駅、バスターミナルを移動する。これは長距離旅行中にほとんどの人が一番苦痛に思う行程でしょう。にもかかわらず、スーツケースの設計にはここ数十年、イノベーションといえるものがほとんどありません。確かに、この20年で外観はアップデートされましたが、テクノロジーの面で実質的な進歩はほぼありません。幸いにも、最近、この状況は一変しました。オンボードシステムだけを使用して、持ち主を追跡、追従するAMRラゲージシステムが設計され、市場に登場したのです。
スマホ充電用バッテリー、GPS、開放検出を搭載しただけの、これまでの典型的なスマートラゲージに比べ、大きく進化しました。中には乗って移動できるものもあります。最新のAMRラゲージシステムはAI/MLテクノロジーを搭載し、自宅から乗換駅へ、そして乗換駅から目的地へ、目まぐるしい混雑をすり抜けて走行します。さらにこうした走行には、高度なビジョンシステム、近接検知システム、スマートフォン接続機能、移動ロボット電子装置も必要です。
小型民生用AMRシステム設計の課題
産業用AMRシステムとは異なり、民生用AMRラゲージは相対的に小型です。そして稼働していない時も、軽くて簡単に扱えるようにしなければなりません。産業用ロボットは、本質的に危険な産業環境で安全に稼働するように設計されていますが、民生用AMRは比較的無秩序な環境で稼働する必要があります。そのため、小型の個人用AMRラゲージシステムは、自律走行搬送ロボットが効率性、信頼性、即応性を保つために必要な一般要件だけでなく、混雑したトランジットターミナルと注意散漫なユーザーというカオスにも対処しなければなりません。不意の衝突も起こりうる混沌とした環境で追跡、追従、走行を行うには、比較的高度なAI/MLが必要です。
小型民生用AMR AI/MLビジョンシステムと近接センサ
2Dカメラ画像でも状況は把握できますが、物体の距離と奥行きを判断するには近接システムが必要です。そのため、過度に誘導しなくても、小型AMRラゲージがユーザーのそばで迅速に移動するには、センサ融合が不可欠です。
センサ融合は、ロボットシステムに、通常の2Dカメラ画像よりも確実に環境を把握させる手法として普及しています。ロボットのビジョンシステムは、これまでかさばるうえに高価でしたが、徐々に小型化が進み、近接センサパッケージもコンパクトになって、以前より手軽にマシンビジョンに使用されるようになりました。
AMRラゲージが今時のスリムな外観を維持するには、あまり目立たない、すっきりと形状にフィットする、コンパクトな近接センサとビジョンシステムが必要です。すると、ビジョンシステムと近接システムのスペース的な制約が増え、恐らくコンパクトなシングルPCBにビジョン・近接共有システムを備えた、より高レベルの統合が必要になります。究極のコンパクト化を目指す中、手で運搬することも考慮して、AMRの電子部品も軽量化が必要かもしれません。
それには、目に見えない940nm赤外線(IR)を使用する小型パッケージのToF(Time-of-flight)センサが理想的でしょう。IRセンサは、赤外線の周波数では光学的に透明になり、可視光線の周波数では不透明になるレンズで保護できます。さらに対象物の色や反射率に影響されない、ToFセンシング用の垂直共振器型面発光レーザー(VCSEL)赤外線テクノロジーを採用したセンサが含まれます(図1)。
図1:AMRラゲージに最適なVCSEL ToF赤外線近接センサ 511-VL53L5CXV0GC/1の機能図。(画像:マウザー・エレクトロニクス)
小型民生用AMRモビリティ
モビリティシステムは小型AMR設計の肝です。小型AMRシステムの即応性、効率性、信頼性は、AMRモビリティシステムに使用するデバイス/コンポーネントの設計品質と選択に大きく左右されます。典型的なAMRモビリティシステムには、電気モーター、モータードライバ、モーター制御システムのほか、エネルギーストレージ(通常はバッテリ)も含まれます。こうしたコンパクトな低電力アプリケーションには、高効率モーター制御マイクロコントローラユニット(MCU)がベストな選択肢でしょう。FPGA(フィールドプログラマブルゲートアレイ)など、他のモーター制御ソシューションもありますが、性能が向上したとしても、電力効率の低下やフットプリント拡大につながる可能性があります。
小型民生用AMRラゲージのモーターには、望ましい即応性と効率性を実現するため、小型のブラシレスDC(BLDC)モーター(通常は三相)が使われるでしょう。ただし、BLDCモーターには、三相をそれぞれ同時に駆動できる専用のモーターコントローラとドライバ技術、センサ入力能力、およびBLDCモーター制御機構の計算負荷を十分処理できるパワーが必要です。
これまでこうしたモーター制御システムには、各機能を完全にカスタム設計する必要があり、機能ソリューションを反復設計するリソースも必要でした。現在は、高集積ソリューションを提供するMCU付きBLDCモーターコントローラがあり、簡単に小型化を行うことができます。また、集積度の低い以前のアプローチよりも効率が高まる可能性もあります(図2)。こうした高集積ソリューションによって、開発時間とPCBの面積が減少し、部品表(BOM)全体の複雑さも最小限に緩和されます。
図2:STMicroelectronics STSPIN32G4のような高集積モーターコントローラ/MCUは、先進的なモーター制御機能と処理をシングルパッケージで提供できます。上の図はSTMicroelectronics EVSPIN32G4デモボードとSTSPIN32G4システムインパッケージ(SiP)、およびSTL110N10F7パワーMOSFET。(画像:マウザー・エレクトロニクス)
小型民生用AMRのワイヤレス通信
小型民生用AMRラゲージは、ユーザーが一般的な方法で簡単にセットアップと管理を行えるようにする必要もあります。特にAMRラゲージのように実験的な新製品の場合、最新のエレクトロニクスはOTA(Over the Air)アップグレードのメリットを享受できます。ただし、そのためには、ユーザーのスマートフォンと互換性のあるさまざまな無線通信規格を適用するだけでなく、テスト、診断、別のスマートホーム機能との統合用に他のIEEE 802.15.4無線通信プロトコルに接続する必要があるかもしれません。
AMRラゲージにはスペースとパワーの制約があります。特に設計の電磁両立性(EMC)維持を考慮した場合、複数のワイヤレスチップ使うとボード面積が大きくなります。Bluetooth® Low Energy 5 (BLE5) やIEEE 802.15.4™といった通信プロトコルを搭載したマイクロコントローラを使えば、開発プロセスが大幅に軽減され、無線通信機能を備えたAMRラゲージの開発を迅速に進められます(図3)。
図3:マルチプロトコル搭載のワイヤレス・マイクロコントローラ・システムオンチップ(SoC)はIoTデバイスの設計と開発に大きな恩恵をもたらし、バッテリ寿命を伸ばします。(画像:マウザー・エレクトロニクス)
まとめ
空飛ぶ自動車はまだ開発途上ですが、ユーザーを自律的に追従し、長距離旅行の苦痛を和らげてくれるロボットラゲージはすでに存在します。ロボットラゲージはこれからも革新的なアイデアと共に進化し、そのすべてにおいて、超コンパクトなパッケージで自律走行搬送ロボットシステムのサイズ要件を満たすこと、そして安全性と使いやすさを両立することが求められるでしょう。